思ひでぽろぽろ
イマドキの世の中はコンプライアンスでガチガチの状態になってしまいましたが、ついひと昔前までの社会はもっと寛容で牧歌的でありました。
消費者金融業界においても、昨今、悪徳業者の数は格段に減少したものの、反面、お客とのやり取りが、味気なくなったというか、なにか事務的になってしまったようにも思えます。
そう、ひと昔前はお客との間に、人間同士の「情」のつながりというものが確かにあったのです。
今回はそんな古き良き時代の思い出話をいくつか紹介してゆきたいと思います。
【集金の思ひで】
天然のおタケさん
お客の中には、どうにも調子を狂わされてしまうタイプの人もいます。
そもそも人間同士のコミュニケーションは多少の芝居っけは必要なものでして、お互いにその場にふさわしい言動をとったり、立ち居振る舞いをするのは、基本的なマナーなのであります。
要するに、相手が上手くノッてくれないとなかなか話が前に進んでいかないのです。
回収業務でのお客とのやり取りもまさにそうで、こちらが取り立てに出向いたら、先方には、せめて、申し訳なさそうな態度をして欲しいものです。
さて、私がある消費者金融で地方の支店長をしていたときのお客に「おタケさん」という60代半ばの女性がいました。
この人もまさに、「天然」というか、こちらの調子が狂ってしまうタイプの人でした。
これは私がはじめて、おタケさんのお宅に集金に出向いたときのお話です。
当時、おタケさんはかなりの長期延滞状態で、不足金は溜まりに溜まって、10万円近くになっていました。
そのため私も、絶対に甘い話はしないぞと、気合い十分で出向きました。
ある暑い夏の午後のことでした。
おタケさんは、ご主人が田舎の古びたお寺の住職だったこともあり、住まいは、お寺の中にありました。
玄関で呼鈴を押すと、奥からおタケさんが出てきて、全く悪びれることなくこう言います。
「わざわざよくいらっしゃいました。ささっ、どうぞお上がりくださいな。」
― いいえ、ここで結構です。それよりも貴方はどうしてこんなに遅れ・・
「まあまあ、そんなことおっしゃらずに、外は暑いから、まずはどうぞ、どうぞ。」
― それではお話することもたくさんありますから、とりあえずは上がらせて頂きます。
浮世離れした夫婦
畳部屋の居間に通されたら、冷えた麦茶が出てきました。さらにスイカやアイスクリームまで出され、よほど来客が珍しいのかなんとご主人までがニコニコと顔を出してくる始末。
「こんな田舎までよく来てくださった。これも仏縁ですなあ。どーぞ、ゆっくりしていってください。」
― どうもお邪魔しております。
そして、春になるとお寺の桜がきれいだとかなんだとか、ざっと一時間近くも老夫婦の世間話を聞かされた後、やっとのことで本題を切り出したものの、
「おまえ、それはちゃんとしなきゃダメだよ。」
「はい。わかりました。」
で終わってしまいました。
帰りには、家庭菜園で収穫した野菜をたくさん持たされ、
「秋には紅葉もきれいだからまたおいでくださいね。」
と夫婦そろって玄関まで見送りにきてくれました。
すっかり毒っけを抜かれた私は、放心状態で会社に戻りましたが、気が付いたときには、時すでに遅しです。
まさか、スイカとアイスと野菜だけもらって、具体的な返済の話を何もしてこなかったとも言いだせず、部下には、
「きっちり話をつけてきたから」
とボソッと呟くのが精一杯でした。
そしてそれから一週間の後、私との約束を果たしてくれたのか、おタケさんから5000円だけ振込みで入金がありました。
しかし、それ以後、おタケさんから入金になることは二度とはありませんでした。
【飛んだばーやん】
因縁のお客
これも私がある消費者金融で地方の支店長をしていた時の話です。
通称「ばーやん」という、これまた年配の女性客がおりました。
さてこのばーやんと私には少しばかり因縁がありまして、実は、私が、新支店長として転勤してきてから、はじめて相手をしたお客なのです。
ばーやんはその当時、かなり長期の延滞客で、集金に出向くと同業他社とバッティングすることもしばしばで、借金取りが順番待ちをしているといった具合でした。
ばーやんの借金は、もともとは、旦那の保証人となったことがきっかけではじまったものでした。
旦那はタクシー運転手、自身はパチンコ店の掃除のパートをしていましたが、生活状況が厳しいのにも関わらず、パチンコ通いまでしている状態でした。
そんな状態だったものを、既に嫁いでいたばーやんの娘さんにまでコンタクトをとって、協力しあってパチンコ通いをやめさせたりするなど、私としてもかなり入り込んで管理をしていたお客でした。
ここだけの話、ばーやんやその家族と怒鳴りあいになったことも度々あります。
しかし、問題になったことは一度もなく、ばーやんも、
「あんたのことは息子のように思っとる」と言ってくれたものでした。
突然の相続話
そんなある日、ばーやんから連絡が入り、私になにか相談したいことがあるから、自宅に来いと言います。
ばーやん宅に出向くと、そこには、旦那、娘と身内が勢ぞろいしておりました。
そしてその席でばーやんは静かに語りだしました。
「実は、私の元亭主が先日亡くなったらしいんや。」
ばーやんの話では、なんでもその元亭主というのは、この地域では有名なかなりの資産家らしく、実はばーやんの娘というのは、その資産家の子供らしいのです。
私は意外なばーやんの過去に驚きました。
「あんたにも話したことがあったやろう」
「う、うん。あったと思う」と娘。
ということは・・・
「そうや、財産の相続の話があるんや!」
相続と聞いて、その場にいた一同は、色めきだちました。
「あんたにもこれまで苦労かけたなあ」
ばーやんは、まるで自分が相続するかのように、相続の当人である娘に語りかけ、娘も感極まって泣きだしてしまいました。
そして私に対してまで、
「あんたにも迷惑をかけてきたけど、これで借金は全部完済できるし、あんたには迷惑賃でさらに100万円くらい支払うわ」
などと舞い上がって言い出す始末でした。
通常であれば、こんな話は絶対に信じない私ですが、ばーやんの態度から嘘をついているようにも思えず、その場の雰囲気に吞まれてしまいました。
「何か進展があれば連絡するから」
「わかりました。お願いします」
しかし、これがばーやんと交わした最後の会話となってしまいました。
ばーやんが飛んだ!
その後、1カ月以上経っても、ばーやんから連絡はありませんでした。
それどころか携帯電話もつながらなくなり、全く連絡が取れなくなってしまったのです。
自宅に伺うと、ばーやん夫婦はどこかに引越しをしてしまったようでした。
「あっ、ばーやんのヤツ飛びやがった!」
私どもの業界では、夜逃げをすることを「飛ぶ」と言います。
ばーやん夫婦は、相続した金で完済するどころか借金を残したままどこか行方不明になってしまったのでした。
その後、私自身も別の支店に転勤することになってしまい、ばーやんの債権がその後、どうなったのか最終的な顛末はわかっていません。
あの相続の話は、真っ赤な嘘だったのか、思ったほど相続する分がなかったのか、それとも元亭主側の身内にうまいこと言いくるめられたのか、今となっては知る由もありません。
このように最終的には飛ばれてしまいましたが、私にとって、これほど徹底的に入り込んで管理したお客は後にも先にもおりませんでした。
あれから15年以上経った今でも、ばーやん夫婦はどこかで相変わらずたくましく、したたかに暮らしている。
そんな夢をときどきみることがあるのです。